LRT ケラナジャヤ線について
LRT (Light Rail Transit) ケラナジャヤ線は、首都クアラルンプールと郊外のペタリンジャヤ(PJ)をつなぐコンピューター制御による無人運行の新交通システムで、約25年前の1998年に開業しました。新型コロナの感染拡大で公共交通機関の利用が大幅に落ち込んだ影響はまだ残っていますが、コロナ前の2019年時には約9,500万人/年近い旅客輸送数を記録しており、とりわけ通勤時間帯には大勢の人が利用する路線です。
そのLRTケラナジャヤ線が、ケラナジャヤ駅からアンパンパーク駅間の16駅にわたって2022年11月9日から15日まで運行を停止すると発表。影響の大きさと運休期間の長さに各方面から不満や怒りの声が上がっています。今回運行停止になった区間は、PJ地区からミッドバレーを経て都心のKLCCやアンパンに至る最も利用者が多い区間であり、一日あたり約2万人の通勤に影響が出ると見込まれています。
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運行中止の原因は?
これまでにも落雷の影響をはじめ何度か運行停止になったことがあるLRTですが、その多くが数時間から遅くとも翌日には復旧しています。なぜ今回は7日間もの長期間にわたって運行を取りやめることになったのでしょうか?
LRTを所有する「Prasarana Malaysia」が11月9日に発表したところによると、停止の原因は運行管理センターから列車への制御信号が届かなくなったためで、恐らく自動列車制御装置 (ATC) の機器か回路に何らかの異常が発生したと見られるが問題の特定には至っていないとのこと。ATCが不安定になるトラブルが起き始めたのは11月5日で、11月7日にもATCの不具合が原因で一部区間の運行が停止しており、わずか数日のうちに3回も運行を中止する(しかもどんどん悪くなる)という異例の事態になっています。
11月5日:「ATCが不安定で運行停止」→「直った」
11月7日:「またATCが不安定になって運行停止」→「制御ソフトを更新して、7回もテストしたからもう大丈夫」
11月8日:「列車に制御信号が届かない。たぶんATCが原因だけど、何が問題なのか分からない」→「7日間運休する (今ココ)」
こんな調子では利用者の信頼を失うのも無理はありません。
運行停止による影響は?
約2万人の通勤利用者に影響が出ると予想されている今回のLRT運休。すでに自家用車やタクシー、Grab car などの車通勤に切り替える人が多く出ています。運行会社の「Rapid KL」は無料バスを大量に出して利用者の代替輸送をするとのことですが、一駅や二駅区間内でのピストン輸送ならともかく、郊外と都心間でとなると輸送能力は一気に落ちてしまいます。
また、そんなことをしても特に通勤時間はすでに車であふれかえっている都心周辺部の渋滞に拍車をかけるだけでしょう。実際、朝から運休した11月9日夕方のラッシュ時には、KL中心部の一部幹線道路で異常なほどの混雑が見られました。
今回発表された7日間の運休というのも、はっきりと問題が特定されていない段階で出てきた数字です。そのため、具体的に何を修理・交換するのに何名の作業で何時間かかるといった工数をベースに計算されたとは思えず、なぜこの日数なのかという根拠に欠けているというのが正直な感想です。
特定の交換部品の納期がどうしてもそれぐらいかかるということなのか、どこから“7日”という数字が出てきたのかは分かりませんが、もし予定通りに復旧しなかった場合はさらなる影響と混乱が生じることは避けられません。度重なるLRTのトラブルに関連して政府の監督責任を問う声も日増しに大きくなっています。
責任の所在はどこに?
公共交通機関の監督省庁について普通に考えれば運輸省だと思うはずですが、一連の問題についてウィー・カーシオン (Wee Ka Siong) 運輸大臣が「LRTは財務省(MoF)傘下の会社だ」と、運行トラブルの責任が財務省にあると受けとれる発言をしたことが波紋を呼んでいます。このコメントの背景には、LRTやバスを運行する「Rapid KL」の株式を保有している「Prasarana Malaysia」というのが、実は財務省により設立された政府100%出資の持ち株会社だという事情にあります。そのため、会社組織上は財務省がLRTのオーナーという形になっているわけです。
しかし、運輸省が国内公共交通機関の安全運行を管理監督する立場にあるのは当たり前で、「会社組織上は関係ないから知りません」とも聞こえる今回の大臣の発言に、各方面から批判の声が飛んでいます。(参照:malaymail “‘Lame excuse’ to say LRT operator falls under MoF, Loke tells caretaker transport minister“)
同時に現役大臣のこうした発言からは、LRT開業後25年近く経っているにも関わらず、いまだに何か起きた時に誰が責任を取るのか曖昧な状況が続いているという複雑な背景が明らかになったともいえます。
2021年に起きた正面衝突事故でも浮き彫りになった安全運行の面で、また今回のようなオペレーションや設備の維持管理の面で根本的な改善を進めるためには、まずは政府内で責任を押し付け合うような状況を解決することが先決と言えるでしょう。
[参考資料]
(2022年11月9日) “RapidKL: 16 Kelana Jaya LRT line stations closed until Nov 15, other stations to close at 11pm”. The Star. URL: https://www.thestar.com.my/news/nation/2022/11/09/rapidkl-16-kelana-jaya-lrt-line-stations-closed-until-nov-15-other-stations-to-close-at-11pm (参照日:2022年11月10日)