北から南まで約2,500㎞におよぶ国土を持ち、山岳地帯から熱帯の島々まで幅広くさまざまな自然が楽しめる東南アジア屈指の観光大国タイ。一時期に比べると日本人観光客の数はかなり減ったと言われていますが、それでも駐在員や現地でビジネスを営む日本人はまだまだ多く、最近では世界でも有数の親日国として日本を観光で訪れるタイ人の数も増え続けています。
近隣諸国と比べても、入国管理(パスポートコントロール)はしっかりと効率的に運用されているという印象のタイですが、交通手段がボートしかない島々の場合は完全に予想の斜め上を行く経験をすることも。この記事では、以前そうした離島の一つを訪れた時の体験をお伝えしたいと思います。
マレーシア出国からタイ上陸まで
タイ南部の離島から比較的近いマレーシアのランカウイ島からは、いくつかの島への定期便のスピードボートが運航されており、海路でタイに入国できます。まずはチケットを購入して出発港の指定場所で待機。時間には少し余裕を持って到着しておきましょう。(※ 人気が高くて売り切れることがあるので、当日の購入はおすすめしません)
出港時間が近づくと出国カウンターがオープンし、マレーシア側での出国審査が始まります。カウンターの上や周りを普通にネコがうろうろしていたりと、空港のイミグレーションとはまた違うノンビリ感が何とも言えません。ちなみに、空港などでの手続きとは異なりその場でパスポートは返却されません。心配になって「私のパスポートは?」と尋ねる乗客が何人もいますが、パスポートはタイ到着まで全員分まとめて船員が保管することになります。
いざランカウイの港を出発し、外海に出るとさすがはスピードボートと言えるレベルの速度で巡航モードに。約1時間ほどでアンダマン海に浮かぶ島々の姿が視界に入ってきます。定期便は定員が130名ほどの大きさですが、サンゴ礁に囲まれた島ではこの大きさのボートは接岸できません。そのため、ある程度まで島に近づくとそこでストップ。すると、乗客をピストン輸送するため岸から10人乗りほどの小さなモーターボートがわしゃわしゃと集まってきます。揺れる海上でその小型ボートに乗り換えて、いよいよ島に上陸となります。
預けた荷物は、この時点で自分で運ぶ必要はありません。最後にスタッフがボートでちゃんと全員分の荷物を運んできて、砂浜にダーッと広げて置いてくれます。炎天下にさらされることになるので、温度が上がってまずいものは預け荷物に入れない方がいいでしょう。
太陽の光を受けて白く輝く砂浜とエメラルドグリーンの海、突き抜けるような青い空に白い雲。この時点で海に飛び込みたくなりますが、まずは入国手続きです。といっても、入国/出国はどちらも同じ場所、柵やフェンスで立ち入り禁止区域が設けられているわけでもありません。観光客が自由に泳いだり歩き回ったりしている普通の浜辺にある、どう見ても海の家みたいな建物の一つが出入国管理局なのです。(下写真参照)
一応入管の前にある屋根とイスがある小さなエリアが待機場所となっていますが、乗客全員が入るにはあまりにも場所が小さい。しかも、到着した観光客と出発する観光客がごちゃ混ぜです。当然ながら、屋根の下に入りきれない人たちは炎天下で待つことに。数分程度ならどうにかなりますが、水も飲まず帽子もかぶらずに南国の海辺の強烈な日差しの下で10分もいれば、間違いなく熱中症&脱水症状まっしぐらです。なので、「入国手続きの際は、水ボトルと帽子・サングラスが必須」と覚えておきましょう。
大らかすぎる入国手続き
先ほど述べたように、この時点で乗客はまだパスポートを持っていません。集めたパスポートは船員がまとめて入国管理局に提出。しばらくすると、病院の待合室のように一人ひとり名前を呼ばれるので、呼ばれたらカウンターに並びます。これがまたぶっ飛んでいて、メガホンを使い全員の前で国名&フルネームを呼ばれるというワイルドなやり方。個人情報も何もあったもんじゃありません。
しかも、呼び出しの係員がいちいち自分の感情をたっぷりと入れて名前を読み上げるのです。
係員「どれどれ、ロシアから来たMs. 〇〇〇!」
乗客「・・・おぉ」
係員「こっちは・・・なんとラトビアから来たMr. ◇◇◇!」
乗客「・・・わぁ」
係員「これはご近所さんだ、シンガポーーールのMr. △△!」
乗客「(笑)」
係員「そして、ジャパーーーン。Mr. □□□□!」
乗客「おー」
いやいや・・・、「わー」とか「おー」とかいらないから。
何というか、完全にスポーツの試合前にやる選手入場みたいなノリなのです。いっそ、呼ばれたらみんなに手でも振りながら出て行った方がいいのか?と思っちゃうほど。さらに珍しい国から来た乗客の名前が呼ばれると、全員がその人の方を見ながら「へー、ラトビア人ってああいう見た目なんだ」とか「こんな時期でもロシア人来るのね」みたいにザワザワと反応します。そこには、「プライバシーって何だっけ??」という大らかすぎる世界が広がっていました。
そんなこんなで、筆者の時は自分の名前が呼ばれるまで結局50分ほど待つことに。とにかく入管事務所の規模が小さいので、同時に100人超が到着しただけでもパンク状態なのです。(向こうはのんびりと、ある意味楽しそうにやってるんですけどね。炎天下のビーチでずっと待ってる側としてはかなりキツいものがあります)
無事に入国スタンプが押されたパスポートを手にしたら、同じビーチの脇にあるチケットカウンターで国立公園入場券を買うよう指示されるので、忘れないようにしましょう。島がある海域全体が国立公園内なので、滞在中はボートでダイビングやツアーに行く際にもこのチケットを持参しておく必要があります。毎度のことながらタイ人と外国人では設定されている料金が違いますが、これは仕方ありませんね。
これでようやく入国手続きはすべて完了。ビーチから宿泊場所まで歩ける距離の場合はそのまま荷物を持って向かいますが、ボートを使って海回りで行く必要のある場所だと、自分が乗るボートのスタッフを見つけて再度荷物を積み込むことになります。
もっとヤバかった出国時
島での滞在を楽しんだら、今度は出国手続きが待っています。
タイ出国時も、やはりパスポートはその場で持ち主には返却されず船員がまとめて保管。出国カウンターで番号札を渡され、指定された時間にそれを持って乗り場周辺で待機するよう言われます。ただ、出国手続き後でも隔離されているわけではなく自由に行動できるため、時間に余裕があれば、島内に戻ってその辺りのお店でのんびりしていてもOK。出国後は制限区域内のお店しかアクセスできない空港とはえらい違いですね。
集合時間になるとスタッフが順番に番号を読み上げるので、それまでには遅れずに近くで待機しておきましょう。自分の順番が来たら番号札を提出して小型ボートへ。到着時と同じく沖合で停泊しているスピードボートに連れて行ってくれます。全員が乗り込んだことを確認した後、ボートはランカウイ島に向けて出発。全体的に出る時は入る時より比較的スムーズな印象でしたが、度肝を抜かれたのはボートに乗った後のことでした。
出発してしばらくすると、どうやらマレーシアの領海内に入った時点でパスポートを船内で返してくれるということが分かりました。しかし、この返却方法が完全に想像の斜め上だったのです。
まず、船員がいくつかパスポートの束を持ち、一番上に見えているパスポートの国籍を見て「USA!USA!」「オーストラリア!」などと国名を叫びながら前から歩いてくるので、自分の国が呼ばれたらすぐ手をあげます。すると、ぶ厚いパスポートの束をドサッと渡されます。そして一言。
「自分のパスポート見つけてね。残りは順番に後ろの人に回してくださーい」
タイへの入国時に全員の前で国名&フルネームを呼ばれたのも衝撃的でしたが、今回はそれどころじゃないです。だって、全然知らない他人のパスポート見放題☆という状態ですよ?(もちろん自分のパスポートも見られ放題。筆者のパスポートも、近くにいた見ず知らずの日本人のオバちゃんから「これあなたのね、ハイ」と渡されました)
さすがに、プライバシーについて比較的敏感な欧米人あたりがザワザワし始め、「マジで?」「これヤバいよね」などと言いつつも、みな苦笑いしながらパスポートの束を一つ一つチェックしていくしかありません。どのみちゴネたところで海の上だし、文句言うよりも誰だって自分のパスポートを見つけることのほうが優先です。
20分ほどで全員無事にパスポートが返却されてめでたし、めでたしとなったわけですが、これってよく考えると船内で悪意を持った誰かにパスポートを盗まれたらどうしようもないですよね。逆にパスポートの束をあちこち回しているうちにうっかり座席の隙間に落としてしまったような場合でも、紛失したのか故意に盗まれたのかの判断もつかないですし。
そもそも、赤の他人に顔写真、本名・パスポート番号・生年月日を全部見られてしまうっていうのは、個人情報保護の観点では120%アウトな状況なわけですけど、やっぱり南国の離島間をボートで国境超えとなるとこういうシステムもあるんだなと。何というか、「悪いことする人なんていないよ、ノープロブレム」っていう性善説ベースのやり方なんでしょうかね。何はともあれ、これは今までの出入国の中でも断トツでぶっ飛んだ経験でした。
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