(2020年11月8日現在) 今回の流行によるマレーシア国内の狂犬病犠牲者は計25名となっています。
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マレーシアで20年ぶりに狂犬病死者
東マレーシアのサラワク州で 狂犬病 (英語名:rabies レイビーズ) が発生し、2017年7月に児童を含む5人が亡くなったマレーシア。国内で 約20年ぶり に狂犬病による死者を出したとあり政府が対策を続けてきましたが、それにもかかわらず感染地域が拡大していることが判明。ここにきてさらなる追加処置が取られることが決定しました。
2018年2月3日、サラワク州副首相は州内のすべての犬に狂犬病ワクチンを接種すると発表。これまでサラワク州にある12の行政省のうち、クチン (Kuching) で5か所、サマラハン (Samarahan) で3か所、セリアン (Serian) で22か所、スリアマン (Sri Aman) で3か所、ベトン (Betong) で1か所、サリケイ (Sarikei) で2か所の感染が確認されています*。こうした地域に加え、その他の重点地区としてビントゥール (Bintulu)、リンバン (Limbang)、ラワス (Lawas) などの各郡においても、接種プログラムが急ピッチで進められています。
これ以上の感染拡大を食い止めるため、インドネシアのカリマンタン州と接する総延長1,000kmにのぼる国境地帯において、ネコなど犬以外の動物も含めてワクチン接種を行うことで、「イミューン・ベルト (大半の動物が免疫を持つことで流行を食い止めるエリア)」を作るという水際対策を取ることも決定しました。またクチンでも対策をさらに強化し、2018年3月半ばまでには同地域の犬の全頭または大部分にワクチン接種を完了するよう努力するとのことです。
*2018年9月27日、サラワク州災害管理委員会は新たにサリケイで1か所、シブ (Sibu) で1か所、カピッ (Kapit) で1か所、ミリ (Miri) で2か所が感染地域となったことを明らかにしました。2018年10月時点で、計41のエリアで感染が確認されていることになります。
(2019年2月18日:追記) さらに2019年1月時点では、リンバン (Limbang) を除く全61エリアが感染地域となるなど狂犬病の広がりには歯止めがかからない状態であり、1月24日に州政府は今回の狂犬病流行を災害レベル2に引き上げました。これにより、政府機関は各省庁が持つ人材・資金を統合して狂犬病対策を行えるようになります。
ただし、2017年に最初のケースが報告されて以来いまだに感染が収束しないことから、州政府の対策には疑問の声も上がっています。民主行動党 (DAP) 所属でシブの Bukit Assek 地区選出のアイリーン・チャン (Irene Chang) サラワク州議会議員は、メディアに対し「州政府には (必要な対策を取るための) 潤沢な資金があるにも関わらず、感染拡大をもはやコントロールできない状況に陥っている」と政府の対応を批判。 獣医資格を持つ人材や野良犬の捕獲にあたる人員の数が圧倒的に不足しており、シブに限っても犬のワクチン接種目標の70%には遠くおよばない32.9%に留まっていることや、これほど深刻な状況になってもまだ野良犬にエサをやる人が少なくないことなど、より根本的なレベルでの対策が必要だと指摘しています。
サラワク州で狂犬病の発生を抑え込むためには、最低でも今後2年から3年は必要だろうと言われています。昨年7月以来、記事作成時点 (2018年2月) ですでに犬73匹、ネコ6匹が検査で狂犬病ウイルスに感染していることが判明しているサラワク州。各地に広がるジャングルに加え、野良犬や放し飼いにされている犬も多いという状況で実効性のある措置を取るには幾つもの障害がありますが、政府や自治体が一丸となって実施する狂犬病対策が功を奏することを願ってやみません。
日本国内における狂犬病
現在、日本で狂犬病という病名を耳にすることはあまりありません。1957年 (昭和31年) を最後に60年以上にわたって狂犬病は発生しておらず、日本国内において狂犬病は撲滅されているからです。
しかし厚生労働省指定の「狂犬病清浄地域」を見てみると、狂犬病の危険がないとされるのは日本の他にオーストラリア、ニュージーランド、スウェーデン、アイルランド、アイスランド、そしてイギリスとノルウェーの一部などごく少数の国や地域に限られています。狂犬病というのは、世界のほとんどの国ではいまだに毎年5万人近くが死亡する深刻な感染症なのです。
(参照:厚生労働省ホームページ「狂犬病に関するQ&Aについて」)
狂犬病にかからないために
狂犬病は読んで字のごとく多くの地域で犬が主な感染源となってはいますが、決して犬だけがかかる病気ではありません。狂犬病ウイルスは、人にはもちろんのこと、ネコ、コウモリ、サルなど すべての哺乳類に感染し、一旦発症すると致死率がほぼ100% という恐ろしい感染症です。
対策その1 手を出さない
対策として一番大切なのは、海外でむやみに犬などの動物に近づいたり手を出したりしないことです。日本ではたとえ野良犬に咬まれたとしても痛い思いをするだけで済むかもしれませんが、海外では犬の一咬みで場合によっては命を落とすこともあり得るという点をしっかり頭に入れておきましょう。
対策その2 予防接種 (暴露前の接種)
狂犬病流行地域に渡航予定で犬などの動物に接触する可能性が高い場合は、事前に狂犬病ワクチンの予防接種 (暴露前の接種) を受けることも対策の一つです。ワクチンの接種で効果が出るまでには、通常4週間隔で2回の注射、そして半年から1年後に3回目の追加接種が必要です。基礎接種以後は1年から3年ごとに追加接種することで抗体を維持できると言われていますが、基本的にこのワクチンが最大限の効果を持つのは3回目の注射から約6か月間とされています。
(6か月という期間は厚生労働省による。ただし使用するワクチンの種類が違うなど、医療機関によって免疫が持続する期間の説明にバラツキあり)
流行地域で動物に咬まれるなど狂犬病に感染した可能性がある場合は、たとえ予防接種の有効期間内であっても必ず追加のワクチン接種 (暴露後の接種) が必要です。その場合は、計2回の接種 (初回接種と3日後) となります。
対策その3 緊急接種 (暴露後の接種)
狂犬病ワクチンの予防接種を受けていない、また受けていたとしても3回目の接種から6か月以上経過してから犬などに咬まれて狂犬病に感染した可能性がある場合、発症を予防するために速やかにワクチンの緊急接種 (暴露後の接種) を受けることが必要です。直ちに傷口を石けんで洗い (止血したり傷口を吸い出したりしない)、できるだけ早く現地の医療機関を受診するようにしましょう。狂犬病が撲滅されている日本ではワクチンの必要性が低いため、供給量には限りがあります。そのため、可能であれば現地の医療機関でワクチンの注射を受けることがすすめられています。
咬まれた後のワクチン接種は6回 (初回接種、3日後、7日後、14日後、30日後、90日後) 必要となります。(ワクチンの種類により異なる場合あり) 面倒だからと途中でやめてしまうと発症の危険性が残りますので、途中で帰国した場合も日本国内の医療機関で接種を継続し、必ず6回すべての接種プログラムを終えるようにして下さい。
※ 狂犬病に感染した小動物 (犬、ネコなど) は約10日以内に死亡します。もし咬んだ動物が10日以上経っても生きているようであれば狂犬病ウイルスには感染していないだろうと判断され、咬まれた人へのワクチンの継続接種も不要となります。その場合は、治療の中止が適切かどうか医療機関に相談しましょう。
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狂犬病ワクチンはどこで受けられるの?
狂犬病ウイルスの潜伏期間は、早い場合は約1週間、長くて1年あまりと非常に幅があります。発症すると生存率はほぼ0% と言ってよい狂犬病。流行地域で感染の疑いのある犬などに咬まれた場合は、「だいぶ前のことだし、これまで体調も普通だから大丈夫」などと安心せず、最寄りの保健所や医療機関に相談しましょう。検疫所のホームページから狂犬病のワクチン接種が受けられる医療機関を探すことができます。
(検疫所ホームページ「予防接種実施機関検索」)
検索フォームで、渡航前の予防接種の場合は「狂犬病 (暴露前)」、咬まれた後のワクチン接種については「狂犬病 (暴露後)」にチェックを入れて下さい。
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これまでの感染状況
このセクションでは、どのような背景で感染が起こったのか報道から分かる内容をまとめています。狂犬病はとにかくリスクのある動物との接触を避けること、万が一咬まれたり引っかかれた場合には即時に医療機関を受診して暴露後のワクチン接種を受けることが何よりも重要です。残念ながら犠牲となった方たちが感染した状況を知ることで、自身の身を守るよう意識を高め一人でも多くの命が守られるきっかけになることを願ってやみません。
Case 32
死亡日:2021年5月12日
発生場所:サラワク州セランガウ (Selangau)
性別/年齢:男性/45歳
状況:この男性は発熱や頭痛、のどの痛み、嚥下障害、水恐怖症の症状を示して2021年5月6日にシブ病院へ入院。容体が悪化し3日後には昏睡状態になり、さらに3日後に死亡。男性は、2021年2月と3月に同僚の飼い犬2匹に1度ずつそれぞれふくらはぎとあごを咬まれたが、傷口を洗っておらず医療機関も受診しなかったとのこと。
Case 31
死亡日:2021年5月5日
発生場所:サラワク州セランガウ (Selangau)
性別/年齢:女性/45歳
状況:この女性は2021年3月9日に飼い犬に手を咬まれたため、傷を洗った後に同日に地元のクリニックで傷の手当と破傷風ワクチンの接種を受けた。後日さらに追加の治療が予定されていたが女性はこの時は受診せず。4月29日になってようやく1回目の狂犬病ワクチンを接種したが、5月2日に行われた2回目目のワクチン接種の際に痛みや脱力感、手のしびれを訴えたためシブ病院に入院。検査の結果、5月5日に狂犬病への感染が判明。患者の容体は急速に悪化し翌日死亡。
Case 30
死亡日:2021年3月7日
発生場所:サラワク州
性別/年齢:男性/54歳
状況:この男性は足の脱力感、全身の痛み、発熱、吐き気、食欲不振などの症状を訴え、2021年3月5日にサラワク総合病院 (SGH) を受診。その後体調が急激に悪化し、人工呼吸器を装着したものの2日後に死亡。男性は数か月前の2020年12月末に飼い犬に胸を咬まれたが、その際に医療機関での治療は受けていなかった。
Case 29
死亡日:2021年2月8日
発生場所:サラワク州
性別/年齢:男性/52歳
状況:この男性は胸の痛みや右手のしびれ、嘔吐、息切れなどの症状を訴え、2021年1月31日にシブ病院へ入院。その後急速に体調が悪化し、一週間後に死亡。当初男性は犬や動物に咬まれたり引っかかれたりしたことはないと言っていたが、2020年10月に職場で従業員を咬んだ自分の飼い犬を殺した上、死体を自分で処理していたことが判明。その際に感染した可能性も疑われる。
Case 28
死亡日:2020年11月25日
発生場所:サラワク州
性別/年齢:男性/58歳
状況:この男性は筋肉痛と脱力感のため、2020年11月19日にルンドゥ病院に3日間入院。その後のどの痛みや嚥下障害などの症状も訴え、さらに病状が悪化したため11月21日にサラワク総合病院 (SGH) へ転院したが4日後に死亡。男性は2年前にジャングルで野良犬に咬まれたが、その際に病院での治療は受けていなかったとのこと。
Case 27
死亡日:2020年11月11日
発生場所:サラワク州
性別/年齢:女性/16歳
状況:3日間にわたる発熱に加え、下肢の脱力や攻撃的な行動が見られたこの少女は、2020年11月10日にサラワク総合病院 (SGH) に入院したが翌日に死亡。動物に咬まれた様子はなかったが、足に見つかった引っかき傷のようなものが動物によるものである可能性も。自宅では猫を4匹と犬を1匹飼育。どれも狂犬病の予防接種は受けていないものの、すべて健康で狂犬病の兆候を見せている個体はいないとのこと。
Case 26
死亡日:2020年10月20日
発生場所:サラワク州シブ (Sibu)
性別/年齢:男性/42歳
状況:この男性は、脱力感や不眠症、嚥下障害のため2020年10月15日にサラワク総合病院 (SGH) に入院し、5日後に死亡。犬などの動物に咬まれてはいないものの、自宅で猫を7匹飼育していたとのこと。ただし、猫の健康状態は良好で狂犬病の症状を見せている個体はいないため、感染経路の具体的な特定には至らなかった模様。
Case 25
死亡日:2020年10月18日
発生場所:サラワク州シブ (Sibu)
性別/年齢:女性/34歳
状況:この女性は足の脱力感を覚えたため2020年10月12日にシブ病院を受診し入院し、6日後に死亡。2018年の末頃に自分の犬に咬まれた際、医療機関を受診していなかったとのこと。女性の住むエリアは野良犬が多数うろつく空き地から近く、女性の犬もそうした野良犬と自由に接触があったことから、断定はできないもののペット経由で感染した可能性が高いと見られる。
Case 24
死亡日:2020年9月8日
発生場所:サラワク州クチン (Kuching)
性別/年齢:男性/51歳
状況:背中の激しい痛みのため2020年8月26日にサラワク総合病院 (SGH) に入院。受診する前から嘔吐やけいれんの症状を示しており、約2週間後に死亡。この男性が何かの動物に咬まれたかどうかは分からず、感染経路は不明。男性のペットの犬はまだ狂犬病の予防接種を受けていなかったものの、放し飼いではなく家の敷地から出ていない上、同じく飼われていた猫と共に健康状態は良好なため、ペット経由で感染したとは断定できず。
Case 23
死亡日:2020年6月23日
発生場所:サラワク州シブ (Sibu)
性別/年齢:男性/62歳
状況:この男性は、2020年5月12日に親戚宅で自分の兄弟のペットの犬に手のひらを咬まれた。その際、すぐに水と石けんで15分以上傷を洗浄してから医療機関で応急手当を受けたももの、後日狂犬病ワクチンの注射を受けには戻らなかったとのこと。6月16日になって足の痛みを覚え、6月19日にはシブ病院を受診して入院治療となったが4日後に死亡。
Case 22
死亡日:2020年3月25日
発生場所:サラワク州シブ (Sibu)
性別/年齢:女性/5歳
状況:この女の子は2020年3月8日に野良犬に顔を咬まれたものの、その場ですぐに傷を洗浄しなかったとのこと。同日中にシブ病院を受診して破傷風や狂犬病ワクチンなどの注射を受け、3月13日には退院し3日後には3度目の狂犬病ワクチンを注射。しかし、約1週間後の3月24日になって発熱のためクリニックを受診し、喉の痛みや幻覚などの症状が出たためその後はシブ病院にて治療を受けていたが、体調が急速に悪化し翌日死亡。
Case 21
死亡日:2019年11月2日
発生場所:サラワク州クチン (Kuching)
性別/年齢:男性/5歳
状況:この男の子の家では狂犬病の注射を受けていない犬を2匹ペットとしていた上、その犬を他の野良犬とも自由に遊ばせていたと見られる。犬や動物に咬まれたとは言わなかったものの、2019年10月13日になって喉の痛みを訴え、2日後には発熱と異常行動が見られたためクリニックを受診。体調が悪化したため10月21日からはサラワク総合病院 (SGH) にて治療を受けたものの約10日後に死亡。
Case 19
死亡日:2019年8月7日
発生場所:サラワク州クチン (Kuching)
性別/年齢:男性/46歳
状況:この男性は、2019年6月15日に自宅の庭でペットの子犬を抱こうとしたところ手のひらを咬まれたとのこと。やはり同じ犬に咬まれた8歳の娘にはクリニックで狂犬病ワクチンの注射を受けさせたものの、自身が咬まれたことは医師に伝えていなかった。男性は7月29日になって頭痛や筋肉痛などの症状が出たためその後クリニックを受診した際も、やはり咬まれた事実は伏せていた。症状が悪化した8月3日になってついに犬に咬まれたことを医師に伝えたが、その後サラワク総合病院 (SGH) で治療を受けた時にはすでに手遅れで、水恐怖症など狂犬病の症状が悪化し4日後に死亡。
Case 18
死亡日:2019年6月12日
発生場所:サラワク州クチン (Kuching)
性別/年齢:女性/61歳
状況:この女性は、2019年4月29日に追い払おうとした野良犬に指を咬まれたとのこと。約1か月後の6月8日になってサラワク総合病院 (SGH) を受診したものの、4日後に死亡。
Case 17
死亡日:2019年5月31日
発生場所:サラワク州クチン (Kuching)
性別/年齢:男性/26歳
状況:この男性はSNS上の知人からワクチン接種状況が不明な2頭の犬を譲り受け、世話をしている際に引っかかれたと見られる。3月中旬になってどちらの犬も狂犬病の症状を示して死亡。その後、男性は2019年5月26日に脱力感や呼吸困難を訴えて私立病院を受診。さらに症状が悪化したため、3日後の5月29日にはサラワク総合病院での治療が始まったものの回復には至らず、翌日死亡。
Case 16
死亡日:2019年1月18日
発生場所:サラワク州セリアン (Serian)
性別/年齢:女性/80歳
状況:この女性は犬に咬まれており (具体的な時期は不明)、2019年1月11日になって嘔吐、発熱、倦怠感などの症状が出たためクリニックで診察を受けたものの、その時点では自分が犬に咬まれたということを医者に知らせなかった。そこからさらに女性の病状が悪化したことから、1月14日にはクリニックの医師の紹介でサラワク総合病院を受診。しかし、すでに水恐怖症など狂犬病の症状が出ており、入院したものの4日後に死亡。
[参考資料]
(2018, February 4). All dogs in Sarawak to be vaccinated. The Star, p. 4.
(2018年2月7日:テキストならびに画像追加・修正)
(2019年2月18日:テキスト追加・修正)
(2020年3月20日:レイアウト変更)