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コーヒーの生産処理―マロラクティックとは?

投稿日:2018年7月27日 更新日:


アフリカンベッドで乾燥中のコーヒーチェリー by Gaku.Y

特殊なコーヒーの生産処理

収穫したコーヒーを脱穀・乾燥して生豆にするまでの生産処理には、アプローチの異なる複数の方法があります。代表的なものとしては、果肉とミューシレージ (粘液質) の両方を洗い流すウォッシュド、果肉ごと乾燥させるナチュラル、果肉は除去するもののミューシレージは残したまま処理するパルプドナチュラル (セミウォッシュド、ハニープロセスもほぼ同義で使われている) などがありますが、最近ではそれぞれのコーヒーが持つ個性をより引き出すことを目指した特殊な生産処理も試されています。今回はその一つ、「マロラクティック」と呼ばれる処理方法について書きたいと思います。

マロラクティックとは

マロラクティックは元々ワインの製造工程において主に使われている発酵プロセスです。マロラクティック発酵 (MLF) を行うと、添加された乳酸菌の働きにより強い刺激を持つリンゴ酸が乳酸に変化することでワインに含まれる酸味が少なくなり、また発酵の際の副生成物のおかげでより芳醇な風味も加わります。この原理を利用してブドウではなくコーヒーを発酵させたのが「マロラクティック」という生産処理です。ワインと同様、コーヒーの果実が持つリンゴ酸が発酵過程でより穏やかな乳酸に変化するため、酸味が少なくかつ甘さやなめらかさが増した豆になるのです。

マロラクティックとワイニーの違い

さて、このマロラクティックと時々混同されるのが「ワイニー」と呼ばれる生産処理です。どちらもその由来にワインという共通項があるため間違えやすいのですが、この二つは同じではなく、精製方法においてワイニーはナチュラルの一種として区分されています。

チェンマイを拠点とするロースター「Left Hand Roasters」のオーナーであるダスティン・ジョセフさんによれば、ワイニープロセスというのはコーヒーチェリーがあえて完熟を通り越して糖度を上げた状態で精製したナチュラルを指すとのこと。ただ色々な媒体での用法を見ると、乾燥工程で果肉の発酵により複雑な風味を持った豆を指して使われている場合、またはカッピングの見地から「ワインのような風味を持つコーヒー」という文脈で使われていることもあり、一概に「ワイニー」といってもその言葉が指す意味が若干異なる場合があるようです。

ただし生産処理という観点から言えば、ワイニーとは基本的に「果肉の水分が減った状態=果汁が濃縮され糖度が増した状態を意図的に作り出すことにより、独特の風味特性を持たせたナチュラル精製の一種」と位置づけられるでしょう。当然この状態が続くと果肉は発酵を始めますから、それがより複雑で濃厚な風味を作り出すことにもなっています。イタリアの高級ワインとして知られるアマローネなど、ブドウを干して水分を飛ばすことで糖度を上げてから仕込むタイプのワインとも共通する点だと言えます。

マロラクティックの風味

前述の「Left Hand Roasters」では、まだまだ目にする機会の少ないマロラクティックのコーヒーを「Freezer Honey」という名前で販売しています。同店では、地元タイ北部のチェンライで収穫されたコーヒーにシャルドネのワイン酵母を添加してマロラクティック発酵を行っているとのこと。発酵が十分に進んだら豆を乾燥させ、風味にしっかりとしたボディが出るよう最後に冷凍庫で低温にさらすことから “フリーザーハニー” という名前を付けたそうです。

このコーヒーを味わってみましたが、決して酸味がすべて消えてしまっているわけではなく、むしろ角が取れたとても丸みのある酸が感じられます。さらに「バターのような」という表現が実にぴったりくるほど口の中になめらかさを覚える質感と、スパイスや果実感など複雑に絡み合う風味がうまくまとめられた仕上がりとなっていました。(詳しくは、テイスティングノートをご覧ください。)

↓マロラクティック発酵を行ったコーヒー豆

マロラクティックは元々の豆が持つ尖った部分を適度に削った上で、風味により複雑さが加わったという感じの味わいなので、ほぼ完全に苦みと酸味がなくなっているコピ・ルアックなどとは違い、「マロラクティックだ」と言われなければ恐らく気づかないまま美味しいコーヒーとして飲んでしまうでしょう。もし全く同じ豆を違うプロセスで処理したものと飲み比べができれば、風味の違いが際立って面白いのではないかと思います。

特殊な生産処理の今後

スペシャルティコーヒーの普及により、より高い品質のコーヒーを求める市場が世界中で拡大しており、この傾向は今後さらに続くと見られています。例えば、2004年に今までのコーヒーと全く異なる風味で世界の市場を驚かせたゲイシャは、以後その価値がとどまることを知らず上昇を続けていますし、マイクロロットなどテロワールにこだわった豆も次々に登場し高い評価を受けています。

ゲイシャと同じぐらいのインパクトを持つ品種を生み出すのは相当に難しいとしても、生産処理における品質の向上、とりわけ発酵技術を駆使した新しい精製方法が進歩すれば、既存の品種からもこれまで経験したことがないような風味を作り出せるかもしれません。

そうなると、発酵食品の分野において世界でも類を見ない歴史と技術を誇る日本にはぜひ存在感を見せて欲しいものです。例えば、日本酒や醤油造りに見られるような緻密な発酵管理、また麹菌・酵母など多種多様な菌類やバクテリアを使いこなすノウハウ等をコーヒーの生産処理に生かすことができれば、日本は世界のコーヒー市場を激変させるだけのポテンシャルを秘めていると言っても過言ではないと思います。

沖縄等の一部の地域を除き自国でのコーヒー生産は行っていないとはいえ、コーヒー生産国における共同研究や技術開発など何らかの形で持てる知識を生かし、いつか日本発の全く新しいコーヒーを世界に送り出して欲しいと願ってやみません。

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[謝辞]
本記事を作成するにあたり、快く情報提供して頂いたLeft Hand RoastersのDustin Joseph氏に感謝します。

[参考資料]
独立行政法人 製品評価技術基盤機構. “2. 微生物あれこれ (30) ワイン乳酸菌 Oenococcus oeni”, “NBRCニュース 第33号 (2015年6月1日)”. URL: https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/others/nbrcnews/news_vol33.html  (参照日:2018年7月27日)

(2018年7月28日:テキスト修正)
(2018年7月31日:誤字修正)
(2019年1月21日:動画リンク追加)


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マレーシアのクアラルンプール在住。

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