バクテー[肉骨茶] (Buk Kut Teh)
豚肉の漢方煮込み
マレーシア/クアラルンプール
今でこそ日本のテレビで取り上げられることも増え、「バクテー」が何なのか知っている日本人も多くなった。しかし、20年近く前に筆者が初めてマレーシアを訪れた時には、地元の友人が連れて行ってくれた店先にドーンと掲げられた「肉骨茶」という看板を見て、そのおどろおどろしい語感に思わず身構えた記憶がある。
漢字からも推測できる通り、豚の肉と骨(=リブ)を中心に数種類の漢方と醤油をベースに煮込んだ料理で、ご飯と一緒に食べる。簡単に注文したければ「〇人分、ミックスで (cham=“チャム”)」と言えば、適当に肉の部位を混ぜて出してくれる。ただ、通常はモツ(内臓)も結構な量が入っているので、苦手な人は「モツ抜きで (No intestine)」と言えば大丈夫だ。また、特定の肉の部位だけを指定して注文することもできる。さらに、マッシュルームやエノキ、しいたけ、“腐竹”(=揚げ湯葉)など、好みで追加のトッピングをオーダーすることも多い。個人的には、バクテーには“油条“または“油炸粿”と呼ばれる揚げドーナツは欠かせないと思っている。ほんのりとした甘みにカリカリとした食感がバクテーを味わう際の絶妙なアクセントとなるし、スープを吸って少し柔らかくなった食感もまた美味しい。
使われている漢方の中でも、特にバクテーの味の骨格となっているのが八角(スターアニス)である。そこにコショウやクローブ、ニンニクなど様々な材料が加わることで複雑な風味を持つスープへと仕上がっていく。店によりスープにはそれぞれ独自の配合がある上、地域によっても大まかにスープの特性が異なっている。クラン地域では色の濃いスープが一般的なのに比べて、南のシンガポールやジョホールバルではあまり色味のついていないクリアスープが主流だ。ちょうど日本でいう東西うどんだしの違いみたいなものだと考えればイメージしやすいだろう。店によっては汁のない「ドライバクテー」を売りにしているところもあり、しっかりと煮詰まった風味豊かなタレが肉に絡むドライタイプはまた違ったおいしさが味わえる。
バクテーはエアコンの効いたきれいなレストランよりも、少し雑然とした昔ながらのお店で食べた方が美味しく感じるのは筆者だけではないだろう。バクテーを食べる際は、大抵一緒にお茶をポットで注文するのだが、烏龍茶、鉄観音、プーアル茶、ジャスミン茶、菊花茶などから自分の好みの茶葉を指定し、食事中ずっとお茶を楽しむのがバクテーの醍醐味でもある。
比較的苦手な人の多い漢方の香りが強い料理にも関わらず、一度食べて以来バクテーが大好きになったという日本人は少なくない。漢方なのにどこか懐かしい感覚になるという人もいるようだ。マレーシアを訪れる日本人旅行者に食べて欲しいメニューのトップ3に入ると言って間違いない。
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バクテーの起源は、約90年ほど前に中国本土の福建省からマレーシアへと渡って来た労働者が生み出した料理が発祥だと言われている。(シンガポールが発祥という説もあるようだが、マレーシア vs シンガポールの食にまつわる起源争いは例を挙げればキリがない。) 初めて知った時に驚いたのが、このガッツリお腹が一杯になる肉肉しい料理が本来は朝に食べるものだということだ。実際に、発祥の地とされるクランでは今でも朝のみ営業(“朝市”と書かれている)の老舗店もある。これも、バクテーは一日中働くエネルギーが必要な労働者のスタミナ料理として生まれた、という経緯を考えると納得できるだろう。
注文するとすぐ運ばれてくる熱湯が入ったプラスチックの洗面器に茶器や食器を沈めて温め&消毒し、小皿に刻みニンニクとチリを取り分けて粘度の違う二種類の醤油をかけ、バクテーがテーブルにやってくるのを待つ。スープが残り少なくなるとアイコンタクト&親指で鍋を指して店員にスープの追加を頼む。グループでバクテーを食べる際には同じテーブルの中で誰かが自然と“お茶係”となり、ぐい飲みのような小さな茶碗が空になるとポットを持ってサッとお茶を注ぎ足す役を引き受ける。フタをずらしておけば「ポットのお湯が少ない」というサインで、そのうちに店員がポットを持っていってお湯をたっぷり足してくれる。お茶を飲みながらああでもない、こうでもないと色々な話をしているうちにあっという間に時間が過ぎていく。バクテーとは単なる食べ物ではない。こうしたルーティンや空気感すべてを合わせて「バクテー」というイベントなのだ、と思う。
ちなみに、家庭でバクテーを作りたい場合にはスーパーなどで売っているバクテーの素を使うとよい。有名なバクテー店が出しているものもあり、結構お店と似たような味に仕上がる。美味しく作るポイントは、煮込む際にスモークガーリック(皮ごと真っ黒になるまで燻製にしたもの)を使うことだ。これを使うだけで一気に本格的な味わいとなる。普通の皮つきニンニクでもそれなりの出来にはなるが、間違ってもガーリックパウダーで代用しようとは思わないように。あと、醤油もできれば「Dark soya sauce」と呼ばれるドロッとして塩味が弱いものがベストだ。
煮込んでいる間は家中がバクテーの強烈な香りでいっぱいになるので、集合住宅に住んでいる場合などは少し注意が必要かもしれないが、日本へのお土産としてもバクテーの素は根強い人気がある。食べるだけでは満足できなくなった方は、ぜひ自分で作る家庭の味にも挑戦してみて頂きたい。
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