(2020年8月20日:追記) 新型コロナに注意が集中している今日この頃ですが、ここ最近ヘイズが戻ってきています。KL周辺でも「不健康」レベルのAPI100を超える数値も観測されており、今年のヘイズがどうなるのか今後の状況に注意が必要です。当ブログ記事「【マレーシア&シンガポール】2020年のヘイズ予想」もぜひご覧ください。
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ヘイズって何?
日本ではあまり聞かない「ヘイズ」。しかし、シンガポールやマレーシア、インドネシア、タイなど東南アジア各国では、ほぼ毎年のようにこの言葉を耳にします。(聞かなくてよい方が幸せですが…)
「ヘイズ」は日本語で「煙霧」と訳され、本来は様々な原因で大気中に大量の乾いた微粒子が漂うことにより視界が悪くなっている気象状態のことを指します。日本でも煙霧は度々問題となっており、大気汚染が深刻な問題となった1970年代からは「スモッグ」という言葉がよく知られています。現在でも気象庁から警報や注意報が出る光化学スモッグは、大気中の硫黄酸化物や窒素酸化物が太陽の紫外線による反応で光化学オキシダントを作り出すことによって起こり、白っぽい煙霧となります。また最近では、中国などから飛来するPM2.5 (微小粒子状物質) も深刻な問題となっています。
さて、東南アジアにおいて「ヘイズ」は気象用語というよりも、焼畑または森林火災などによる煙を原因とした煙害自体のことを指しており、大抵の場合、日本語でもそのまま「ヘイズ」と呼ばれています。過去最悪と言われた1997年以来、ヘイズは東南アジアの国々で数年おきに深刻な問題を引き起こしており、直近では2015年にも、航空機が欠航せざるをえなくなったり、政府により学校の休校や企業の休業命令が出されるほどの汚染レベルとなりました。
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マレー半島のヘイズはどこから来ているのか?
一番の放出源となっているのは、インドネシアのカリマンタン島とスマトラ島です。これらの地域では伝統的に焼畑農業が行われており、幾万もの小規模農家による焼畑の煙がヘイズ問題に影響を与えていることは確かです。しかし近年のヘイズは、パームヤシの大規模プランテーションにおける野焼きや、製紙パルプ用に植林する土地を確保するため熱帯雨林を焼き払っていることなど、環境問題を軽視した大企業によって引き起こされているという側面が強いことは否めません。また、こうした人為的に行われる焼畑に加え、自然発火による森林火災もヘイズの原因の一つとなっています。
このように様々な原因によって放出された煙が、季節風にのってマラッカ海峡や南シナ海を超え、マレーシアやシンガポールにまで達しているのです。
そしてもう一つの原因が、マレーシア国内における火災です。クアラルンプール国際空港からほど近いニライ (Nilai) やセランゴール州のジョハンセティア (Johan Setia) などでは、度々起こる泥炭火災や人為的な野焼きによりにより大量の煙が放出されることがあり、クラン (Klang) やシャーアラム (Shah Alam)、ペタリンジャヤ (Petaling Jaya) といった近隣都市にヘイズの被害をもたらしています。
ヘイズにまつわる疑問
マレーシアとシンガポールで計測値が違う理由
ヘイズによる汚染度合いを表すのに、マレーシアでは大気汚染指数 (API: Air Pollutant Index)、シンガポールでは汚染基準指数 (PSI: Pollutant Standard Index) という数値を使っています。どちらの国でも、数値に関して以下のような基準を示しています。
API / PSI | 分類 |
0 – 50 | 良好 (Good) |
51 – 100 | やや不良 (Moderate) |
101 – 200 | 不健康 (Unhealthy) |
201 – 300 | 非常に不健康 (Very Unhealthy) |
301 以上 | 危険 (Hazardous) |
上の表を見ると、APIとPSIという二つの指数は名前こそ違うものの、基本的にはどちらも同じもののように思えます。しかし、このお隣同士のマレーシアとシンガポール、過去のヘイズの際にはマレーシアのジョホールバル (Johor Bahru) と橋を渡ったシンガポール側とで、同じ時間にほぼ同じ場所で計測された汚染指数が大きく異なるということが何度もありました。常にマレーシア側がシンガポールより大幅に少ない数値 (時には3分の1以下) だったため、これまで地元の人たちの間で何度となく言われてきたのが、「マレーシアは汚染数値を意図的に低くしているのではないか」という噂です。
これについて、2015年に当時のマレーシアの天然資源・環境省大臣 Datuk Seri Dr. Wan Junaidi (ダトゥッスリ・ワン・ジュナイディ) 氏が、「シンガポールはPM2.5も計測しているのに対し、マレーシアの設備ではPM10までしか計れないため、PSIとAPIを単純に比べないで欲しい」と述べています(*1)。
マレーシア環境省 (DOE) のヘイズ関連情報によると、ヘイズに含まれる微粒子のうちの約8割をPM2.5が占めているため、PM2.5を計算に入れるか入れないかで計測数値が大きく変わるとのこと(*2)。この説明で数値が異なる理由については一応分かるのですが、だとすると含まれる微粒子の2割しか計測していないAPIにおいて、PM2.5も考慮に入れているPSIと同じ数値で「不健康」「危険」といったレベルを判断していること自体がそもそもダメなような気がします。
ともあれ先日、マレーシア環境省の大気汚染指数情報ページ (http://apims.doe.gov.my) 上で、「2018年8月16日の正午より、当ページ (APIMS) において発表しているAPIにPM2.5が含まれるようになる」との発表がありました。2014年4月1日からPM2.5を計測しているシンガポールに遅れること4年強、ついにマレーシアでも同じレベルで計測できるようになったのです。そんなわけで、「今後はマレーシアとシンガポールが公表する数値に大きな差はないはず」と言いたいところですが、今年のヘイズを見た限りでは以前と大して変わっていないように思えます。
追記 (2019年9月18日更新):
ここ最近、地元のインターナショナルスクールの中には、生徒の健康に関わるため独自に高額な検査器を購入して自前で汚染状況を観測するところも増えてきています。平均すると政府発表の数値と比べて倍以上の実測値が出ているとのことで、公式発表の数値の信頼度にはいまだに疑問符がつくと言わざるを得ません。
そんなヘイズの影響を受けている地域で人気急上昇中なのが「AirVisual」という無料アプリ。自分のいるエリアの大気汚染状況を分かりやすく表示してくれる上、日本語にも対応しています。公的機関の観測数値はもちろんのこと、モニター登録されている個人や会社などで導入している測定機器の数値も反映されており、いまやマレーシアの在住外国人の間では必須アプリとも言われるほど。色々なアプリやウェブデータなど使ってみましたが、マレーシアに限らず世界各地で使える便利さもあり、APIをチェックするにはこれが一番使いやすくておすすめです。
外はひどいヘイズなのにAPIが低い??
外はどう見ても真っ白でやばいレベルのヘイズなのに、公表されているAPIを見ると「やや不良」レベル。こうした状況はマレーシアでよく起こります。そのため、先ほど述べた「故意に数値を低く出している」というちまたの噂に拍車がかかることになっています。
マレーシア環境省は1時間毎のAPIを発表していますが、忘れてはいけないのがこれらは1時間毎のリアルタイムの数値ではないという点です。マレーシアのAPIは過去24時間の平均を算出しているため、とりわけ汚染が急速に悪化した時には実際のヘイズレベルと発表される数値が大きく乖離してしまうわけです。
シンガポール環境庁のヘイズ情報ページ (https://www.haze.gov.sg/) では、24時間平均に加えて各種汚染物質の8時間平均や1時間平均も掲載するなど、より分かりやすい発表内容となっています。マレーシアでもこの点もう少し工夫して詳細な情報を出してくれるようになればと思うのですが、サイトの使いやすさは少しずつ改善されてきているので気長に待つしかないですね。
ヘイズって実際どんな感じ?
気象条件や含まれる微粒子の違いによってある程度差がありますが、(政府発表値ベースの)APIが悪化するにつれてどのような状況になるのか、大きな影響を及ぼした2006年や2015年のヘイズで個人的に経験したこともベースにお伝えします。(許容される活動範囲については、シンガポール環境庁の公式情報に基づく。)
PSI/API 100以下「やや不良」レベル
軽いヘイズで、靄 (もや) がかかったように空も大気も少し白っぽくなります。ちょうど日本で言う「春霞 (はるがすみ)」のような感じです。ある程度敏感な人は、泥炭 (ピート) のような煙のにおいも少し感じます。
健康な人:通常の活動可
高齢者・妊婦・子供:通常の活動可
心肺に慢性疾患のある人:通常の活動可
PSI/API 100超「不健康」レベル
空はおぼろ雲に覆われたように白くなり、近くの建物を見ても霧が漂っているような感じでかなり視界が悪くなります。煙のにおいもすべての人が感じるレベルになります。
健康な人:長時間のまたは体力を使う屋外活動を減らす
高齢者・妊婦・子供:長時間のまたは体力を使う屋外活動を必要最小限にとどめる
心肺に慢性疾患のある人:長時間のまたは体力を使う屋外活動を避ける
PSI/API 200超「非常に不健康」レベル
まるで雲の中に入ったのかと思えるほど周囲の視界が悪くなります。大雨の時のように辺りが暗くなり、ほとんどの車がヘッドライトをつけて走ります。窓を閉めた家の中や、外気を入れないエアコン設定にした車中でも煙のにおいを感じます。場合によっては、大気中の微粒子で遮られた太陽が月のように肉眼で見えるほどになります。
健康な人:長時間のまたは体力を使う屋外活動を避ける
高齢者・妊婦・子供:屋外活動を必要最小限にとどめる
心肺に慢性疾患のある人:屋外活動を避ける
PSI/API 300超「危険」レベル
視界が数十メートルに落ち、多くの車がハザードランプをつけながらノロノロ運転で走るようになります。太陽の位置も分からなくなるぐらい濃いヘイズで覆われ、日中であってもゲリラ豪雨時のように相当暗くなります。においも強い刺激を伴うものとなり、健康な人であっても呼吸に苦しさを感じます。
健康な人:屋外活動を必要最小限にとどめる
高齢者・妊婦・子供:屋外活動を避ける
心肺に慢性疾患のある人:屋外活動を避ける
個人でできるヘイズ対策
その1:できるだけ外出しない
基本と言えば基本なのですが、実際にはこれがなかなか難しいものです。さすがに企業に休業命令が出るほどになれば誰も外には出ませんが、APIが100から200程度の場合は、買い物や外食といった普段の活動を「屋外ではないから」という理由でそのまま行いがちだからです。
しかし、車に乗り降りするまでの間に外気にさらされる上、屋内とはいえ店舗の出入り口からはそれなりに外の汚れた空気が入ってきます。(APIが200近くになるとショッピングセンターの中でも空気がかすんで見えるような状態です) ですから、できれば外には出ないことがヘイズから身を守る一番の方法と言えるでしょう。
その2:マスク
日本は大勢の人が常日頃からマスクをしている世界でも相当特殊な国ですが、普段はマスクをしないマレーシア人やその他外国人も、さすがにヘイズの期間はマスクをつけている様子をよく見かけるようになります。
ただ大切なのは、正しい種類のマスクをつけることです。ヘイズの際、ペラペラの紙マスクや風邪の時につけるような通常のマスクをしている人もいますが、PM2.5を大量に含むヘイズには普通のマスクではほとんど役に立ちません。煙臭いにおいを多少減らす効果はあるかもしれませんが、微粒子はこの程度のマスクを簡単に通り抜けてしまいます。PM2.5を含むヘイズ対策としては、N95規格をクリアした微粒子用マスクが必要となります。
しかしマレーシアでは、普通のマスクですらヘイズになると購入者が殺到し品切れになるといった状況です。いざN95マスクを買おうとしても、そう簡単に手に入るものではありません。こうなると「マスク天国ニッポン」がいかに素晴らしいかを感じさせられます (笑)。マレーシア在住の日本人の方は、一時帰国した際に購入する、またはご家族や友人・会社の方が来られる際に持って来てもらうなど、N95マスクは日本で調達した方が楽かもしれません。
その3:空気清浄機
これもヘイズの際には品薄になる商品ですので、必要な方はヘイズがひどくなるまで待たずに買っておきましょう。幸いマレーシアは空気清浄機に関しては比較的ラインアップが揃っており、家電販売店に行けばお手頃価格の某国海外ブランドから日本製品まで色々と選べます。日本円で数万円ほど払うことになるので安い買い物ではありませんが、ヘイズがひどい時でも家の中の環境を安心できる状態に保つためには、決して高い出費ではないと思います。特に寝室では、ヘイズのにおいを嗅ぎながら眠るのか、それともきれいな空気を吸いながら眠るのかというのは体調にも大きく影響します。(実体験より)
室内で使う空気清浄機を外出時に使用するマスクと単純には比べられませんが、やはり集塵フィルターにPM2.5レベルの微粒子を除去できる性能があるとないとでは違いますので購入時にはご注意を。
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ヘイズ関連の役立つアプリ&サイト
APIやPSI、また現時点以降のヘイズの予想をチェックする上で、実際に使ってみて役立つと感じたアプリとサイトをご紹介します。
AirVisual (iOS)
ここ最近マレーシア&シンガポール在住外国人の間で急速に広まっているアプリ。特に面倒な設定もなく現在地周辺の大気汚染状況を表示。もし個人や企業所有の観測装置の識別番号を知っている場合は、そのモニターをフォローできる。とても使いやすくオススメ。アプリではなくウェブ上で見るには「IQAir」から。
Windy.com (iOS)
地域一帯の様々な気象要素の分析ができるアプリ。視覚的に分かりやすいアニメーションに加えて、高度別の風速・風向を表示できる機能や、今後10日分の予測をスライドバーで動かしながら見られるなど使いやすい。アプリをインストールしない場合、こちらからウェブベースでも利用できる。
APIMS: Air Pollutant Index of Malaysia
マレーシア環境省の公式ヘイズ情報サイト (英語・マレー語)。通常は地図上に数値が表示されるが、ページ上部の「API Table [Hourly]」をクリックすると日時別の各地点の計測数値リストが見られる。最初にまるでヤバいサイトのようなマレー語のポップアップが出るが、単なるお知らせなので右上の✕で消せばOK。なぜこんな怪しい警告表示風のデザインにしているのか不明。
National Environment Agency: Air Quality
シンガポール環境庁の公式ヘイズ情報サイト (英語)。必要な情報がシンプルにまとめられており、毎時更新される。シンガポール向けだが、「HOTSPOTS」セクションでは東南アジア全域の現在火災が検知されている場所と風速・風向が見られる。
Haze Tracker
シンガポール国際問題研究所 (SIIA) が提供するヘイズ追跡情報 (英語)。主にシンガポール向け。
まとめ
東南アジアのヘイズ問題は、関係する国家間で複雑に絡み合った要因があり、すぐに解決する糸口は今のところ残念ながらありません。主にヘイズ被害を受けている側のマレーシアやシンガポールが、「インドネシア政府は本気で状況をコントロールする努力を払っていない」と食ってかかる一方、インドネシアとしては「うちの熱帯雨林を焼き払って利益を得ているのはそちらシンガポールやマレーシアの企業なのに、それで自分たちが被害を受けたからって全部がインドネシア政府の責任ではない」と、彼らには彼らなりの言い分があるわけです。
そうした中で一番の被害者は、焼畑の煙をもろにかぶっている現地のインドネシア人でしょう。マレーシアではAPI 200で公立学校の休校措置が取られますが、カリマンタン島では時にAPIが1000を超えるような環境の中で子供たちを含めて人々が生活しているのです。関係する政府が不毛な争いを早く終わらせ、協力して有効な解決策を考えてくれることを願ってやみません。
当分の間はヘイズと付き合っていかざるを得ないであろう現状を考えると、ヘイズの影響を受ける地域にお住まいの方は、日頃から信頼できる情報を自分から積極的に得て危険をいち早く察知し、健康を守るために必要な対策を取ることが重要でしょう。
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おすすめの記事:「【マレーシア】拡大する狂犬病の流行地域―現在の状況は?」
[参考資料]
*1 (2015年10月5日), ‘Don’t compare API with PSI’. New Straights Times online, URL: https://www.nst.com.my/news/2015/10/%E2%80%98don%E2%80%99t-compare-api-psi%E2%80%99 (参照日:2018年8月20日)
*2 Department of Environment, Malaysia (2018), 「HAZE FACTS」, URL: https://www.doe.gov.my/portalv1/wp-content/uploads/2016/08/Haze-Facts.pdf (参照日:2018年8月20日)
(2018年9月15日:タイトル修正)
(2020年8月23日:テキスト追加・修正)