熟練のバリスタが淹れたカフェラテやカプチーノは、エスプレッソにしっかりとした甘みのあるフォームドミルクが混ざりあって本当に美味しいものです。また、きれいなラテアートを描く際にもきめ細かなフォームドミルクが欠かせません。しかし、ここでふと気になるのが「水だと全然泡立たないのに、なんで牛乳だといっぱい泡ができるの?なんで?」(N〇Kのチコちゃんボイスで)
ミルクに含まれるタンパク質
ミルクが泡立つのは主にタンパク質の働きが関係しています。様々な食品に存在するタンパク質ですが、牛乳には二種類のタンパク質が含まれています。その大部分 (約80%) はカゼインで、粒のように集まったカゼインミセルと呼ばれる形になっています。残りの20%を占める乳清 (ホエイ) タンパクは、カゼインに比べてより複雑な立体構造を持つ球状タンパク質です。これらのタンパク質は種類=構造が違うため、熱や酸、酵素などに対してそれぞれ異なる反応をします。
カゼインには熱に対して強い=加熱により変化しにくいという性質があります。一方、乳清タンパクは熱を加えると変性する=立体構造が分解し始めます。牛乳を加熱すると表面に膜が張るのもこのためです。
さて、ミルクをスチームすると中では一体何が起こっているのでしょうか。
温度とミルクの泡立ち
スチームを始めると、温度が上がるとともに牛乳の中に蒸気と空気が取り込まれます。そして、生じた小さな気泡にタンパク質が付着していきます。タンパク質というのはアミノ酸が複雑に結びついた化合物ですが、熱により立体構造が壊れるとアミノ酸のうち水とくっつきやすい (親水性がある) 部分は液体がある泡の外側に、逆に水と混ざりにくい (疎水性がある) 部分は気体がある泡の内側に向きます。こうして、小さな気泡の周りをタンパク質が囲んだ状態で安定することで、ミルクにできた泡が消えにくくなるのです。バリスタは、一旦できた泡をピッチャーの中で撹拌してより細かくしていく時間 (テクスチャリング) を取りますが、その工程で泡が消えずに滑らかになるのはこうしたタンパク質の働きがあったわけです。
加熱すると泡が安定し始めるとはいえ、ひたすら熱くすればいいというわけではありません。温度が上がりすぎるとさらに多くのタンパク質が変性し、せっかくできた泡を保つ力がなくなってしまうからです。また、70℃前後で乳清タンパクの性質が大きく変化し、ミルクの甘みもトロッとしたテクスチャーも一気になくなることから、出来上がりのフォームドミルクは大体65℃以下に抑えるのが一般的です。ちなみに、一旦壊れたタンパク質の立体構造は再び温度が下がっても元の形には戻りません。ですから、一度作ったフォームドミルクをもう一度スチームし直しても同じような泡はできないのです。
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乳脂肪分と泡立ちの関係
ダイエットのために乳脂肪分の少ない牛乳を飲む方も少なくないと思いますが、低脂肪乳や無脂肪牛乳でもフォームドミルクは作れます。ただし、脂肪分が少ないほど、泡はできるものの一つ一つの気泡が大きくボソボソとした口当たりになりがちです。滑らかでしっとりとしたフォームドミルクを作るためには、乳脂肪分3.5%以上のものを選ぶとよいとされていますが、逆に脂肪分が高すぎるとクリーミーさは増すものの泡は潰れやすくなります。どのあたりでバランスがよいとするかは各自の好みによりますが、あまりに濃厚で主張しすぎるミルクはせっかくのコーヒー自体の風味を邪魔することもあるので注意すべき点でしょう。
ちなみに、ノンホモ牛乳は飲む分には実に美味しいですが、フォームドミルクを作る上では問題があります。ノンホモというのは「ホモジナイズ」という生乳を均質化する工程を省いているために乳脂肪分が砕かれないまま含まれており、大きくて重い脂肪球が気泡を消す方向に働くからです。飲んで美味しい牛乳が必ずしもフォームドミルクに適しているわけではないという点を覚えておきましょう。
フォームドミルクを作る上でもう一つカギとなるのが、牛乳の殺菌処理の違いです。
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超高温殺菌 vs 低温殺菌
市販されている牛乳の場合、必ず熱による殺菌処理が行われています。スーパーの店頭などで一番よく見るのは、超高温瞬間殺菌 (UHT) と言われる約120℃~130℃で2秒~3秒殺菌されているものです。大量生産には向いているこの殺菌法ですが、生乳を高温にさらすため風味が大きく損なわれるのがデメリットだと言われています。しかし、意外にも泡立ちやすさという点では超高温殺菌牛乳は決して悪くありません。また、最近では窒素を注入して牛乳に含まれる酸素を追い出してから加熱するなど、できるだけ生乳の風味を保ったまま殺菌処理ができるようメーカー側も様々な工夫を凝らしているため、一概に「超高温殺菌牛乳=まずい」と決めつけない方がよいでしょう。
一方、ミルクの風味にこだわりたい場合、日本では低温殺菌牛乳と呼ばれる63~65℃で30分間殺菌 (LTLT) したものがよく使われています。また海外では、72℃以上で15秒~30秒間殺菌 (Pasteurized:パスチャライズド)* が主流のところもあります。熱処理をしている以上はタンパク質が影響を受けるのは避けられませんが、これらの殺菌方法は、前者は65℃以下と温度が低めである、また後者は72℃以上とやや高くても殺菌時間が比較的短めであることなどから、タンパク質の変性を一部分にとどめることができる=風味の劣化を抑えられるのです。
*日本乳業協会によると、パスチャライズド殺菌のことを日本では高温短時間殺菌 (HTST) と定義しているようです。(参考:「「低温殺菌」と「高温殺菌」の栄養価の違いは?」) ただし、一般的には低温殺菌牛乳 (LTLT) も含めて「パスチャライズド牛乳」と呼んでいる場合が多く見られます。
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まとめ
コーヒー好きの方であれば、自分でフォームドミルクを作ってカフェラテやカプチーノなどを楽しまれることも多いと思います。「フォームがうまく出来ない」とお悩みの場合は、一度使っている牛乳を見直してみてはいかがでしょうか。テクニック不足だと思っていたものが、案外違う牛乳を試してみたらあっさり解決したということも多いようです。泡立ちやすさという点では、例え同じ殺菌方法であっても商品ごとの違いもあるので、納得のいく牛乳が見つかるまで何種類か試してみましょう。あまり難しく考えずにコーヒーを楽しみたいという方でも、少しコーヒーの科学を考えて淹れると、きっといつもの一杯がより美味しくなりますよ。
ちなみに、低価格帯のエスプレッソマシンを使っている場合は、スチームが弱かったりスチームワンドの形状が本格的にフォームドミルクを作るには向いていなかったりするものもあります。さすがに業務用には及ばないとしても、家庭用マシンのハイエンド機種だと十分満足のいくエスプレッソとフォームドミルクができるので、毎日美味しいコーヒーを作りたいということであれば奮発して投資するのもアリかもしれませんね。
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[参考資料]
(2018年12月14日), ‘Why Does Milk Foam & How Does It Affect Your Coffee?’. Perfect Daily Grind, URL: https://www.perfectdailygrind.com/2018/12/why-does-milk-foam-what-happens-when-it-does/ (参照日:2019年2月24日)
(2019年2月27日:タイトル・テキスト修正)